コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)6月「ミセス」掲載

No.6 美意識を持つということ…
女心を深く理解する

 話が横道にそれましたが、このほかにきものの製作者は、古典的な何か、たとえば歌舞伎とか文楽とかの趣味を持つといいと思います。人形や女形が演じる女のきものや身ごなしなどの具体的なことを学ぶこともたいせつですが、それよりも歌舞伎や文楽の世界に表現されている人情や愛情を理解することです。芝居を数多く見ていると、不思議なことに作るものに女らしさが自然ににじみ出るようになってくるのです。きものというものは、長い年月、歌舞伎や文楽の世界の女たちのような女性によって着続けられ、伝えられてきたのですから、もう今では過去のものになってしまった世界の人情や愛の姿をせめて芝居から理解することによって、きものを着た女の女らしさ、女らしい心というようなことを考えてほしいと思うのです。

 女らしさとか女の心を理解するということでは、もっと直接的で、きびしい言葉を思い出します。それは、今はもう亡くなった、わたしも尊敬していた有名な製作者の先輩が、きものについてあれこれいう若者たちの前で「君たち、えらそうなことを言うけれど、女にほれられたり、ふられたりしたことのない人間に、女のきもちがわかるかー」と言ったことです。こんなことを言いますと、今時の若いかたは、なんかだらしない、不潔な感じをお持ちになるかたもいらっしゃるかもしれませんが、ほんとうの意味は、それほど深いつきあいをしないと、女の深い心理はわからない、女の心理がわからないものに、なんで女らしいきものが作れるか、ということなのです。

 もう今日では、こんな名人気質みたいな人物はいなくなってしまいましたが、先輩の言った名言の精神は今日でもきものにたずさわるものが忘れてはならないことだと、わたしは思うのです。