コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)7月「ミセス」掲載

No.7 羞恥心と季節感について
死ぬまで羞恥心を持つ

 人間が衣服をまとうようになったのは、寒さを防ぐため、皮膚を保護するため、からだを隠すためと諸説がありますが、わたしは人間が羞恥心を持つようになって衣服を身につけるようになったものと考えます。裸は恥ずかしい、隠さなければいけない、隠して、そして少しでも美しく見せたい、そんな気持ちで衣服を着、衣服が発達してきたのだと思います。

 羞恥心を持ち、みにくいところを隠そうとするところに、動物と違う人間らしさがあり、美しくなりたいと願うのは人間の本能だと思います。この場合、美しいということには正しいということもはいります。美しくなりたいと思わない人は、仕事も何も、美しくできるはずはありません。人間は、男でも女でも、美しくなりたいという願いをいつも持って努力しないと、美しい、正しい人間にはなれませんね。

 女性の場合は特に羞恥心がその魅力になっていると思います。若い時は誰でも羞恥心を持ち、自分が美しくなるように心をくだきますが、年齢とともにそれが薄れ、身のまわりをかまわなくなります。若い時の羞恥心を死ぬまで持つ、それがほんとうに女らしい女性といえるでしょう。女性はどなたでもそうあってほしいと思いますね。 

 というわけで、羞恥心があれば、いくら涼しくても、身軽でも、似合わない洋服をお召しになるなどということはないと思いますが…。