コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)7月「ミセス」掲載

No.7 羞恥心と季節感について
教養の高い西欧の服をまねる

 それでもなお「いや私はとても暑くてがまんできないから夏は洋服にしたい」と思うかたは、どうか西欧の教養ある人たちの洋服をまねていただきたいですね。今、都会で見かける若い人たちの服装がいくら流行だからといって、あのような格好を皆さんがまねなさるのは、教養が疑われると思うのですが。外国人がご愛嬌にきものを着ることがありますが、たいてい安物で程度の低いものを着るからでしょう、私たちから見るとちぐはぐでおかしなきもの姿に見えますね。それと同じような感じに洋服を着てはいけないと思うのです。

 日本の教養ある人たちのきもの姿は、けっして流行を追ったり、奇をてらったものではありません。自分の風格にふさわしい、それでいて時代感覚にも合ったきものを着ています。

 西欧の教養ある人たちもきっと同じだと思います。みだりに流行を追ったり、人に不快感を与えるおかしな格好はしていないと思うのです。そして、きもののしきたりと同じように、洋服にもちゃんとした約束事があると思うのですがー。

 もし、洋服をお召しになるのなら、西欧の文化程度の高い人たちをお手本にして、洋服の約束事を守った、それこそ、下着から靴からきちんとそろった装いをしていただきたいと思うのです。

 ほんの夏だけのまにあわせだから、どうせ洋服はわからないんだからと、いいかげんな気持ちで洋服を選ぶのもいけませんね。きものを選ぶときと同じような気持ち、目でもって選ぶべきでしょう。洋服だからと、ことさらはでにとか、きものと違った感じにとお考えになることはないでしょう。私の今までの経験からみても、洋服の感覚のいいかたはきものの感覚もいい。だから、きものの感覚のいいかたは洋服の感覚もいいはずだと思います。ただ、洋服になれていないかたは洋服に自信がないせいでしょうか、きもののいい感覚を洋服に発揮できないことがあるようです。洋服ということにこだわらずに、自信を持ってきものの感覚で洋服を選んでみては、と思います。